氷結の夢 第四話『森の朝の風景』
- 2019年5月5日
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第四話 『森の朝の風景』
エスティニアンは夢と現の狭間で意識を揺蕩わせていた。 うっすらとある意識には、イゼルの寝言が聞こえてくる。
『ん……、んん……。なんだ、二人とももう起きたのか……? 朝が早いのだな……』
昨日の仔竜とモーグリのことでも言っているのだろう。 自分には関係がないと言わんばかりに、エスティニアンが、また深く意識を落とそうとしたその時、
『ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ』
早朝の静寂な空気は、仔竜の悲痛な叫びで切り裂かれた。 エスティニアンは硬いベッドの上で起き上がると、反射的に手に槍を持った。
(敵はどこだ!?)
半強制的な覚醒のせいで判然としない思考の中、それでも注意深く周囲を探ると同じように飛び起きたのであろうイゼルが呆然としていた。
(なん……、だ……?)
鈍っている頭に火を入れ、なんとか状況を掴もうとした時、仔竜とモーグリを抱いているイゼルの寝間着が濡れている事に気が付いた。 それと同時に、イゼルが仔竜に平謝りし始めた。
状況が見えると、エスティニアンは身体を弛緩させた。 (なんだ……、ただの寝小便か……)
そういえばと、ふと思う。 ここは夢の中だったのだと。 昨日と思われる日、普段と違う事が色々とあり過ぎ、疲れ切っていたのだろう。 今の今まで泥の様に眠っていたのだ。
周りの声など何一つ聞こえぬ様子で泣き続ける仔竜と、濡れた寝間着のまま平謝りを続けるイゼルを眺めエスティニアンは思う。
夢から醒め、終わると思っていた『優しい夢』が、また始まるのか、と。
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寝起き早々に泣き喚いていた仔竜がどうにか泣き止み、落ち着いたと思ったのも束の間。小屋の水浴び場から水音が聞こえてくる。
朝の静かな空気の中に聞こえてくる水音。 先程は衣擦れの音もしていた。
エスティニアンはその音に顔を顰めていた。
遡ること数分前。
イゼルは濡れた身体を洗う為に、水浴びをすると言った。 それは別に構わない。抱えた仔竜に寝小便をされたのだ。直ぐに汚れを落とした方が良いだろう。
しかし、問題はその後だ。
イゼルは事もあろうに、少し顔を赤らめてからこちらを一睨みし、そそくさと水浴び場に行ったのだ。
まるで『覗くなよ?』と言われているかの如く。
昨夜の水浴びではそんな素振りを全く見せなかった癖に、なにを今更そんな行動をとるのだ。 なにもされなければ、エスティニアンはそんな事などなにも考えはしなかったのに。
イゼルが余計な事をしてくれたばかりに、苛烈な戦いの中で培われた聴覚が逐一音を拾って来る。 意識せぬようにすればするほど、耳は研ぎ澄まされ、如実に脳内で流れ始める。
少し重く、鈍い音をさせながら剥がれていく大きめの布。 かと思えば、柔らかそうな小さい生地の音が遠慮がちに落ちていく。 少し間を置けば、今度は水音がし始めた。
無心になろうとすればするほど、瑞々しく引き締まった中にも、ふくよかな膨らみを携えた肢体が像を結び、緩やかに水が透き通る様な白い肌を這っていく。 (チッ……、俺は何をしているんだ……。氷女なんぞの身体に何を覚えるというんだ)
想いとは裏腹に展開される己の豊かな想像力と戦いながら、エスティニアンはひたすら時間が過ぎるのを耐え続ける事しか許されていなかった。
しばらくしてイゼルが水浴び場から戻る頃には、昨夜の穏やかな気持ちとは真逆で心底疲れ果てていた。
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イゼルが水浴びを終えると、今度は食事より先に皆で洗濯などの雑事を行うことになった。
先程の寝間着や、昨日慌ただしかった為に出来ていなかった物など、汚れ物が溜まっていたのだ。更には、薪の備蓄も目減りしていたという理由もある。
イゼルは洗濯を行い、エスティニアンは薪の補充、モーグリと仔竜は賑やかしで十分であろう。
既に疲れ切っていたエスティニアンは、食事など摂るよりも、もう一度ベッドに戻りたい気分であった。 幾ら硬いベッドといえど、木により掛かりながらの野宿よりは、余程身体は休まるであろう。
(そもそも理不尽だ。これは『優しい夢』なのだろう? それなのに、なぜ俺がこんな目に遭わねばならんのだ。さっきの事など、俺は何も……)
と、そこまで思ってから、強引に思考を中断させた。
まさかこの自分が欲求不満だなどと認めるわけには断じていかない。
仮にそうだとしても、そうでなければ氷女などで豊かな想像をするわけもないはずだ。
と、仮定の話が既に己の欲求を認めてしまっている事になど気づきもしない。
エスティニアンは、また想像に取り憑かれまいと頭を振って思考を切り替える。
向かいではイゼルが鼻歌を口に添えながら、楽しそうに洗濯をしていた。
朝から既にだいぶ精神的な体力を削られてしまっているが、改めてこれは『優しい夢』なのだと認識する。
襲撃かと思われた就寝中の悲鳴はただの寝小便。 体力の大半を持っていったくだらない妄想は、何処に紛れているかも分からない異教徒の暗躍などではなかった。
全てがくだらない。そのくだらないことに体力を使い、そして『疲れた』と、『再度、ベッドで休みたい』などと思えるこの事が、どれだけ幸せなことか。
なにより、常に頭の内で響いていた邪竜の咆哮など、一切ないのだ。
これを幸せといって、何がいけないのだろう?
朝の静かな森の空気のなか、エスティニアンは軽快に割られていく薪と戯れながら思考に耽っていた。
そんな中、少し距離の離れた所で、作業の一つもしないで喚いている仔竜が盛大な溜息を吐いた。
『はぁ……』
大方、先程の寝小便を気にしているのだろう。いい迷惑だ。だというのに。
『災難だったな。まぁ、まだ子供でもあるし気にするな』
やはり、これは夢だ。いい迷惑だと思っているのにも関わらず、口から勝手に余計な言葉が零れた。 エスティニアンは自分の言葉に顔を顰め、また薪割りに戻った。
遠くの声に今度はモーグリの声が混じり始めた。
『アファ・ルートゥ、どうしたクポ? 元気ないクポ』
今度はモーグリが慰めているようだ。 元から仲が良いらしいあのモーグリに慰められれば、少しはまた静かになるだろう。 そう思った矢先、
『お漏らしなんて気にすることないクポ! どうせなら、お漏らしドラゴンの名前をほしいままにするクポ!』
なんということを言うのかと思った。
あのモーグリは仔竜を慰めるつもりではなかったのか。 まさかの言葉に唖然としていると、当然、次の瞬間、
『うわぁああああああああんんん』
仔竜が一層泣き始めた。 いくら何でも、あれは酷いだろう。気にしてる出あろう事をあげつらうなど。
珍しく種族を超えて仔竜を気の毒に思えた時、目の端で何かを捉えた。
視界の端で急にチラチラと動いていた物を探るように捉えると、茂みの中にチョコボの姿を見つけた。
そこでようやく、自分の現在位置が大まかに分かった。 ここは高地ドラヴァニアのチョコボの森界隈なのだろう。その辺りには野生のチョコボが生息している。大まかといえど現在の位置が判明し、そっと胸をなで下ろした。 これで一応の帰路にもつける事であろう。 一晩で醒めるだろうと思った夢は、夜が明けても一向に醒める気配など見せず、これはいつまで続くのか? もしくは醒めるのを待つのでは無く、自分で何かをせねばならないのかと思った瞬間、
『アファ・ルートゥに何するクポー!』
と、モーグリの声が響いた。
何事かと思い、反射的に仔竜とモーグリの方に視線をやりながら声を上げた。
『どうかしたか!?』 『どうした!?』
期せずしてイゼルと声が重なり、ふと頬に赤みが差した気がした。
エスティニアンは、その感覚を無視して仔竜とモーグリの方へ駆け寄るとそこには、
空中で黄色い羽根に塗れたモーグリと、涙と唾液でぐしゃぐしゃになったアファ・ルートゥ。 下には楽しそうに黄色い羽根をばさばさと振ってクエッー!っと鳴くチョコボ。 そして、自分達はそんな光景を見て、困惑してしまった。 皆で反射的に顔を見合わせてから、一呼吸。
『『『『これはどういうこと(クポ)……?』』』』
皆の声が重なり、エスティニアンは一層顔を顰めたのだった。


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