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氷結の夢                         第一話『夢の始まり』

氷結の夢 第一話『夢の始まり』

 ここは……どこだ……?

 エスティニアンは靄が掛かったような頭を必死に働かせながら、現状を把握しようと努めた。

 つい先程まで、眼前にはニーズヘッグがいたはずだった。

 いや、居たというと少し違うのかもしれない。

 ヤツは……、ニーズヘッグは自分の身に宿っていたのだから。

 ヤツに心身を喰われてからずっと、頭にはどこか靄が掛かったような感覚に陥り、ただ仲間を窮地に追い込む光景をずっと眺めていたのだ。 

 なにかをしなければとは思う。

 しかし、目の前に広がる光景に対してどうすれば良いのかが全く分からなかった。

 心には常にニーズヘッグの心の叫びが響いていた。

 ニーズヘッグの悲しみが。憎悪が。

 故に、友が死に追いやられようとしていても、どうすればいいのか、いや、何をしたいのかすら分からなかった。

 そうやって眺めてる内に、ニーズヘッグは友に討たれた。

 友が死なずに済んで良かったとは思う。

 だが、それと同時にニーズヘッグの想いが叶えられずに哀しいとも思う。

 そんな想いに捕らわれてる内に、気が付けばこんな場所に立っていたのだ。

 森の中。

 木々のざわめきや、水の流れる音はあっても、人がもたらすような喧噪はなにもない。

 とても静かだ。穏やかでもある。

 どこか見たことがあるような気もするが、モヤの掛かった頭では明確に思い出すことはできない。

 歩けばなにか分かるだろうか?

 なぜだか分からないが、ただ、そんな気がした。

 血なまぐさい戦いから離れ、森の香りにみを包みながら歩いく。

 木を眺める。川辺に立つ。葉の香りや水の匂い、土の柔らかさすら随分と忘れていたように思う。

 しばらくそうやって、忘れていた何かを拾い上げていると、不意に目の端で動く物を捉えた。

 よく見てみると、森の奥に一匹のモーグリ族と一匹の仔竜がこちらを見ながらなにか騒いでいた。

 (こんな所に竜の仔とモーグリ族……?)

 何故こんな所にモーグリ族とドラゴン族が一緒に居るのだろう?

 働かない頭で思える事など、その程度の事だけだった。

 ましてや、思っただけのつもりが声になっていたなどは露ほども気づけるわけもない。

 意味が分からない。

 ただのはぐれなのだろうか?

 それにしては随分と騒がしい。

 状況に理解が追いつかない。

 しかし、状況はこちらの事など待ってはくれない。

『何クポ?? もしかしてニンゲン……クポ……?』

 何も分からないまま声が掛けられた。

 エスティニアンは目の前にある光景と、自分のこれまでの状況が全く噛み合わずに反射的に答えた。

『あ、あぁ。俺は人間……だな』

 言った瞬間に少し後悔した。

 何を言っている。人間かどうかなど見れば分かるだろう。

 答えるべき事も聞くべき事もこんな事ではない。

 ほんの少しだけ働いてくれた頭で必死に言葉を出してみる。

『それよりお前らはいったいなんでこんなところにいるんだ?』

 やっとの思いでひねり出した言葉ですら酷いものであった。

 しかし、こうでも聞けば多少なりとも状況が見え始めるのではないか?

 働かない頭でどうにか考えた、エスティニアンの想いは返された言葉で砕け散った。

『モグポンたちはニンゲンに会いに来たクポ! さぁ、はやく凄いいたずらをしてみるクポ!!』

『あぁ?』

 ふざけてると思った。

 こちらは動かない頭を必死に動かしてるというのに。

『さぁ、はやくやってみるクポ!!』

 流石に頭にきた。

 そもそもなんで、こっちがあっちに合わせねばならないのだ?

 やれというのならお望み通りにやってやろうじゃないか。

 疑問は多々ある。

 しかし、エスティニアンにしてみれば突然降って湧いた様なこの状況で、相手に合わせる義理もないのだ。

『ようしわかった。そこまで言うならイタズラをしてやろうじゃないか』

『御託はいいクポ! 早くするクポ!』

 ここまでおちょくられた事は久しく記憶にない。

 全てがどうでも良い。

『それならこの槍でドラゴン族を貫いてやろう』

『嘘クポ! そんなことできるわけないクポ! ドラゴン族のお肌はとても硬いクポ!』

 驚いた。

 先程の怒りが冗談に思えてくるほど、怒りが込み上げてくる。

 最初、これ以上苛つく事は無いと思っていたエスティニアンだが、目の前のモーグリ族とは言葉を交わすほど、苛つきが募っていく。

『そんなできもしないことでモグポンは騙されないクポ! 早くやってみるクポ!』

 あぁ。

 もうわかった。

 これは無理だ。

 さっさと突き刺そう。

『えっ?』

 どこか目の前のドラゴン族の子供が、涙目になっている気がしないでもないが、そんなことはエスティニアンにはなんの関係もない。

 仔竜とはいえ、所詮、ドラゴン族だ。

 向こうがけしかけてきてる以上、こちらが何をしようと文句を言われる筋合いは無いだろう。

『刺さっても喚くんじゃないぞ?』

 エスティニアンは思う。

 竜殺しの代名詞にもなっている自分に喧嘩を売ったのだ。

 相応の痛い思いはして貰わねば。

 一応の忠告もした。

 いや、いまさらだな。

 どうせこの会話すら意味は無いのだろう。

 そう思い、槍を握る手に力を込めると、

『だいじょうぶクポ。ニンゲンのいうことなんて嘘クポ! 嘘見破ってはやくもっと凄いイタズラを見せて貰うクポ!』

 本当に今更であった。

 これ以上はなにも必要はあるまい。

『いくぞ』

 短く一言だけ口にすると、エスティニアンはそのまま目の前の仔竜に槍を突き立てた。

『ぴぎゃぁああああああああああああああああ』

 その悲鳴に身体がビクリと震えた。

 未だかつて、エスティニアンはドラゴン族が悲鳴を上げるところなど見たことが無かったのだ。

 更にいえば、突き立てたといっても刺さったのは穂先の更にほんの先。

 普通なら、それでどうこうなる程の事でもない。

 泣き叫ぶ仔竜を眺めながら、エスティニアンは呆然と立ち尽くすのであった。

 

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